アカウント名:
パスワード:
中国は、根っからのコピー大国であることを証明しただけ。中国共産党も、どっかのコピーで、そのうち、コピー元に著作権料を払うさ。
コミュニズムを共産主義、ソシアリズムを社会主義と訳したのは日本人。中国では当初別の訳語が定着していた。孫文なんかの演説では民生主義とか言ってるし。国民党と共産党の共通の祖先である”中華革命党”が大日本帝国海軍の特務機関に支援されていた関係で事実上の活動拠点が日本にあった時代があり、その時に研究が先行していた日本のテキストで学習したものと思われる。当時の日本ではマルクス主義は禁止されていたが研究は容認されていたので、ドイツ語、英語に次いで多くの研究書が刊行されていた。その後、犬養政権による中華革命党及びその支持者に対する弾圧、関係者の清朝への引き渡しで中華革命党の壮士は日本を離れていく。その後、上海で産声をあげた中国共産党の幹部には日本帰りが多かった。その後の国民党との闘争や内部の権力闘争で日本帰りは次々倒れていきソ連帰りや生え抜きに主導権を奪われていく。”共産党”という呼称だけは残ったけど。
より多くのコメントがこの議論にあるかもしれませんが、JavaScriptが有効ではない環境を使用している場合、クラシックなコメントシステム(D1)に設定を変更する必要があります。
吾輩はリファレンスである。名前はまだ無い -- perlの中の人
甘い! (スコア:0, フレームのもと)
中国は、根っからのコピー大国であることを証明しただけ。
中国共産党も、どっかのコピーで、
そのうち、コピー元に著作権料を払うさ。
Re:甘い! (スコア:0)
コミュニズムを共産主義、ソシアリズムを社会主義と訳したのは日本人。
中国では当初別の訳語が定着していた。
孫文なんかの演説では民生主義とか言ってるし。
国民党と共産党の共通の祖先である”中華革命党”が大日本帝国海軍の特務機関に支援されていた関係で事実上の活動拠点が日本にあった時代があり、その時に研究が先行していた日本のテキストで学習したものと思われる。
当時の日本ではマルクス主義は禁止されていたが研究は容認されていたので、ドイツ語、英語に次いで多くの研究書が刊行されていた。
その後、犬養政権による中華革命党及びその支持者に対する弾圧、関係者の清朝への引き渡しで中華革命党の壮士は日本を離れていく。
その後、上海で産声をあげた中国共産党の幹部には日本帰りが多かった。
その後の国民党との闘争や内部の権力闘争で日本帰りは次々倒れていきソ連帰りや生え抜きに主導権を奪われていく。
”共産党”という呼称だけは残ったけど。