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RIAAからご両親へ [fc2.com] >RIAAは今日、3歳以下の子供を持つ親に向けて"和解通知書"を送付した。子供たちが読み書きを覚える前に、メジャーレーベルに和解金を支払えば、幼児向けの料金で、オンライン著作権侵害への和解を申し出る、というものである。
>「我々の目的は、これによって両親をより安心させることです。」とRIAA会長Cary Shermanは言う。「ハードディスクのキャパシティ、新たなデジタルメディア技術の革新が進むこの時代には、アメリカに全ての子供
> JASRACも斜め上いくエピソードいっぱいあるんだろうな
上の話はEFFのジョークであってRIAAは無関係だし、なぜJASRACが?
EFFも知らないくせに難癖にもほどがある。
このツッコミがマイナスモデされちゃう時代か。
「10年前、JASRACはMIDI狩りをしてアマチュアから金を巻き上げたんだ!」みたいなのを信じちゃってる人が増えたのかな。当時のJASRACは苦言を呈しただけで何かを実行に移した事実なんて、俺はぜんっぜん知らないんだけどなあ。
何かを実行に移した事実なんて、俺はぜんっぜん知らないんだけどなあ。
何も知らないのは、当時をリアルタイムで経験しておらず、いまから調べるのも困難だったからでしょうか。2000年12月22日の記事をどうぞ。
個人サイトでの楽曲利用,MIDIユーザーの猛反対も文化庁が認可 [itmedia.co.jp]
JASRACが文化庁に申請していた楽曲のネット配信に関する使用料規定が,一部修正のもと認可された。
JASRACが個人サイト対象の料金制度として「10曲まで年額1万円,または月額1000円」で文化庁に申請。文化庁が意見を募集したところ大多数が反対意見。文化庁は「10曲単位での課金は適切ではない
> いずれにせよ無料だと考えられていたところに「10曲まで毎年1万円か毎月千円」なんて案を出されたのですから、当時よくあったサイトのトップページにBGMとしてMIDIを1曲置いておくような使い方をしていた個人からすれば、それはもう「金を巻き上げられる」そのものだったのです。
目こぼしを願うくらいならともかく、他人の楽曲を無断で使用しておいて逆ギレとは非常識にもほどがある。これでは鮮人以下だな。
> 目こぼしを願うくらいならともかく、他人の楽曲を無断で使用しておいて逆ギレとは非常識にもほどがある。
だからいまの感覚で判断しなさんな。当時はそうは思われていなかった。ことMIDIについては、niftyからの慣習があって、目こぼしどころかともすれば合法と思っている人々も少なくなかった。そういった背景がまるで存在しなかったかのように言うなら、それこそ非常識ってもんだ。
> これでは鮮人以下だな。
そんなのを持ち出すまでもなく、時代背景を考えず現在の価値観で判断するなら何とでも言えるね。30年前にはガンガルなんて商売をおおっぴらにやってたし、さらにその前なら手塚や石森らといった有名作家が海外SFなんかを平気でパクっていたりもした。でもそれはそういう時代だっただけなんだよ。
> だからいまの感覚で判断しなさんな。
ちがうね。「今」あんたが逆ギレしていることを非難してるんだよ。当時の無知蒙昧を反省してJASRACの当時の言い分のほうが正しかったと認めろよ。
> 当時の無知蒙昧を反省してJASRACの当時の言い分のほうが正しかったと認めろよ。
「非商用個人利用のMIDIなら無償」の「無知蒙昧」とやらが広まった原因には、当のJASRACによる「パソコン通信における音楽著作権に関する実験」があるんだけど、一体どの時点のJASRACが正しかったと認めればいいのかな。「JASRACに騙まし討ちされた」とまで言われるのは、態度を変える前のJASRACを信じていた人たちもいたからに他ならないんだが、そんな連中は「無知蒙昧」で「反省」しなくちゃならないのかい?
「パソコン通信では」「NIFTYでは」という場の限定や「実験
> 「パソコン通信では」「NIFTYでは」という場の限定や「実験」という名目がインターネットの普及以降忘れられたり、「非商用だから」「個人利用だから」「MIDIだから」という解釈が一人歩きもした。最後の「MIDIだから」というのは、楽譜そのままに作っても貧相な作品にしかならず高い創作性の成果だからとか、あるいはMP3と比較対照してのことらしい。本当にそういう主張がなされていた。別に当時の人々が「無知蒙昧」だったわけじゃない。彼らは彼らなりに一所懸命考えていた。
自分の都合のいい方いい方へと考えて誤った結論にたどり着いただけでしょう。当時の過ちを責めないとしても、今になってJASRACへの攻撃のネタにすることを非難しているわけですが、あなたもメクラのくちですか?
「当時の過ち」ではなく、結果的にJASRACにも文化庁にも認められませんでしたが、「異論」が存在していました。違いがわかりますか?
いまではカラオケでJASRACにお金を取られるのをほとんどの人が当たり前のように思っていることでしょう。しかしこの取り組みが始められた頃には、「正当」であり「当然」と素直に受け取られたわけではなく、それはもう大きな反発がありました。いまから振り返ってその当時の人は誤っていたのでしょうか。違いますね。
「JASRACはMIDIについて何もしていない」というデタラメについて事実ではないということが説明されているのにも関わらず、「JASRACへの攻撃」としか思えないのはなんなのでしょうか。事実に興味がないなら、JASRACのリリースだけを読んで満足していればいいですね。
> いまではカラオケでJASRACにお金を取られるのをほとんどの人が当たり前のように思っていることでしょう。しかしこの取り組みが始められた頃には、「正当」であり「当然」と素直に受け取られたわけではなく、それはもう大きな反発がありました。いまから振り返ってその当時の人は誤っていたのでしょうか。違いますね。
誤りですね。地動説だって奴隷制だって当時でも誤り以外の何ものでもありません。誤りかどうかと、誤るにいたったそれなりの理由があったかどうかの区別がついていませんよ、あなた。
だいたい、この一連のコメントで問題にしているのは
> 当時よくあったサイトのトップページにBGMとしてMIDIを1曲置いておくような使い方をしていた個人からすれば、それはもう「金を巻き上げられる」そのものだったのです。
「今」になってさえ「金を巻き上げられる」などという表現でJASRACに非があるかのように書いていることですよ。こちらについてはだんまりですか。
>誤りですね。地動説だって奴隷制だって当時でも誤り以外の何ものでもありません。
およそ権利の主張という場面において、まったく逆の性質を持つ奴隷制を持ち出すのは筋が悪いですね。むしろいまの著作権の行使のされ方こそを奴隷制にたとえ現状の制度が誤っていると主張される方が、まだ納得できる部分があります。まして地動説など、自然科学の分野まで引っ張り出すのはそれ自体が誤り。MIDIに関してJASRACが何をしたのか、観測の積み重ねによって否定されたとでもいうのですか?
> 誤りかどうかと、誤るにいたったそれなりの理由があったかどうかの区別がついてい
歴史学をやっているわけではないのですがね。
> およそ権利の主張という場面において、まったく逆の性質を持つ奴隷制を持ち出すのは筋が悪いですね。
あなたが奴隷制の比喩が筋が悪いと言う根拠は、ほかならぬ今の人権思想ですね。ですからJASRACの過去も非歴史学的に今の価値観から判断されるべきです。
> むしろいまの著作権の行使のされ方こそを奴隷制にたとえ現状の制度が誤っていると主張される方が、まだ納得できる部分があります。
わたしは著作権かくあるべしなどという主張は一度もしたことがありませんが。盲目をすぎて存在しないものまで見えるようになりましたか。
不適切な比喩であり、比喩のみに立脚した本論であれば同様に不適切だと指摘したら、詭弁だと言われました。それ自体が詭弁だと言い返すと水掛け論にしかなりませんが、議論の発散が目的でしょうか。
> こんなものは目こぼしするかしないかの違いでしかありません。
ですから、そのように軽々しく言えるのは後知恵でしかないからです。当時、警鐘を鳴らす意図で「目こぼしでしかないんだよ」という意味の主張も実際になされていましたが、皆それで納得できていたと思いますか?
> 使用料徴収がJASRACの業務である以上、銭ゲバと非難するのは不当です。下手に
> 「使用料」と称すれば何でもかんでも「徴収」してもよい権利がJASRACに与えられているわけではありません。
もちろんやりすぎることも可能性としてはあります。しかしMIDIの件はそうではない。無断使用が蔓延しているという好ましからざる状態を改善するわけだし、使用料も高すぎて払えないといった額ではありません。安いとも思わないけど。
> 当のJASRAC自身が「おそらく世界初」「抵抗が予想され,周知期間が必要」ともコメントしていることをどう考えますか。
周知期間が必要とコメントしたJASRACはむしろ親切だと思いますね。「世界初」の先進性もほめられると
> もちろんやりすぎることも可能性としてはあります。しかしMIDIの件はそうではない。無断使用が蔓延しているという好ましからざる状態を改善するわけだし、使用料も高すぎて払えないといった額ではありません。安いとも思わないけど。
その好ましからざる状態を作った一因が当のJASRAC自体が行ったネットワーク実験なのだということをまた都合よく忘れていますね。自分でやっておいて結果が気に入らなかったのか何なのか態度を翻したのですから、「何がしたかったんだ」と反感を招くのは当然の帰結でしょう。
> 周知期間が必要とコメントしたJASRACはむしろ親切だと
どうして「問題は今の元コメのコメントにある」という、繰り返し繰り返し書いている主張を頑なに無視しつづけ、当時の話へと逸らすのでしょうか。
> その好ましからざる状態を作った一因が当のJASRAC自体が行ったネットワーク実験なのだということをまた都合よく忘れていますね。自分でやっておいて結果が気に入らなかったのか何なのか態度を翻したのですから、「何がしたかったんだ」と反感を招くのは当然の帰結でしょう。
関係ありませんね。「限られた範囲での実験」であったことは百も承知のはずです。無制限にタダで使っていいと勝手に思い込んだだけではないですか?
完全に見落としていました。失敬。
> 私が否定しているのは、当時は不当に思った人もいるが今では正当だとコンセンサスの取れている事柄をもってして、「今」非難の根拠としていることです。
話がまったくかみ合わない理由はこれですね。それを早く書いて欲しかったと言わざるをえません。 「今では正当だ」と「コンセンサスの取れている事柄」という認識がまず共通のものではありません。違う立場からは「当時はもちろん今でも不当である」「不当であるにも関わらずゴリ押しで広められた」とも考えられていますし、両極端の中間のスタンスをとっている人
長々と書いていただいて悪いのですが、典型的な「である」論と「べき」論の区別がついていないケースと言わざるを得ません。批判と非難の区別もついていませんよ。非難されるのは権利の侵害であって行使ではない。
今回の例でいうと、JASRACは何も悪くない(「である」)のです。悪くないけど、もっと八方おさまるうまいやり方があったんじゃないか(「べき」)というだけ。
解釈論と立法論と言い換えてもいいのですが、http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/20061110/ [rakuten.co.jp]あたりが参考になります
> 解釈論と立法論と言い換えてもいいのですが、 > http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/20061110/ [rakuten.co.jp] > あたりが参考になります
申し訳ありませんが、なんの参考にもなりませんでした。お示しになられた文書でも「『である』論」なる珍奇な言葉はどこにもありませんでした。
「言い換えてもいい」ともおっしゃっておられますが、「『JASRACは何も悪くない』は法解釈論、『悪くないけど、もっと八方おさまるうまいやり方があったんじゃないか』は立法論」としても、まるで意味が通じませんし、典型的な区別がついていないケースと称される所
http://blogs.itmedia.co.jp/kurikiyo/2006/12/as_isto_be_7160.html [itmedia.co.jp] こちらのほうにもリンクしておけばよかったですね。ちゃんとAs IsとTo Beという言葉が出てきます。「べき」論とう言葉はこちらにも出てきます。これを読んでも「である」論なんて聞いたこともない、「べき」論の対になるものだと理解できないということであれば、かなり残念なことになります。
> 一番気になったのは、ご提示の文中に「ことに民事法ならば権利濫用や信義則と言った大技も使用可能」で全てではないが「解決できる」と書かれていることです。
法治国家のルールとして、原則的に違法でなければすなわち悪く
あなたが珍妙な「である」論を新たに提唱し、構築するのにこれ以上つきあいたくありません。出所があるなら示してください。あなたの脳内にしかないなら悪あがきはやめてください。難癖でしかないのはもう承知しています。本論と分けます。
> こちらのほうにもリンクしておけばよかったですね。ちゃんとAs IsとTo Beという言葉が出てきます。「べき」論とう言葉はこちらにも出てきます。
尋ねてもいない“As Is”が「ちゃんと」とか、辞書にあるから要らないと言っている「『べき』論」が「出てくる」とか、ごまかしはたくさんです。端的に「『である』論を出せ」と言ったはずです。“As Is”はここslashdotではライセンス絡みで「あるがまま」「現状のまま」などとしておなじみですが、「である」と訳した人は初めてです。あなた以外に誰かそう訳しているのですか?
> これを読んでも「である」論なんて聞いたこともない、「べき」論の対になるものだと理解できないということであれば、かなり残念なことになります。
「『である』論」などとはどこにも書かれていない文書をいくら読んでも、「『である』論なんて聞いたこともない」ままのは当たり前です。逆に、ありもしない「である」論が読み取れてしまえることの方が恐ろしいです。大丈夫ですか?
ええ、とても残念なことです。「である」論なんてあなた以外には、わざわざこちらが見つけてきた「自然法則は『である』、社会法則が『べき』」のブログ [voiceblog.jp]の例しか見当たりません。なるほど対で使われていますが、自然法則なんですか? 「JASRACが何も悪くない」というのが自然法則ではないことはもう指摘しました。法解釈論が自然法則ではなく、自然法則もまた法解釈論ではないことも、いまさら言うまでもありません。対にさえなっていて他方が「べき」論であれば、なんにでもあてはめてもよいのだと思ってらっしゃる? まさかね。
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普通のやつらの下を行け -- バッドノウハウ専門家
後々の面倒を避けるために、幼児のうちにお支払いを (スコア:0, オフトピック)
RIAAからご両親へ [fc2.com]
>RIAAは今日、3歳以下の子供を持つ親に向けて"和解通知書"を送付した。子供たちが読み書きを覚える前に、メジャーレーベルに和解金を支払えば、幼児向けの料金で、オンライン著作権侵害への和解を申し出る、というものである。
>「我々の目的は、これによって両親をより安心させることです。」とRIAA会長Cary Shermanは言う。「ハードディスクのキャパシティ、新たなデジタルメディア技術の革新が進むこの時代には、アメリカに全ての子供
Re: (スコア:0)
> JASRACも斜め上いくエピソードいっぱいあるんだろうな
上の話はEFFのジョークであってRIAAは無関係だし、なぜJASRACが?
EFFも知らないくせに難癖にもほどがある。
Re: (スコア:-1)
このツッコミがマイナスモデされちゃう時代か。
「10年前、JASRACはMIDI狩りをしてアマチュアから金を巻き上げたんだ!」
みたいなのを信じちゃってる人が増えたのかな。
当時のJASRACは苦言を呈しただけで
何かを実行に移した事実なんて、俺はぜんっぜん知らないんだけどなあ。
Re: (スコア:5, 参考になる)
何も知らないのは、当時をリアルタイムで経験しておらず、いまから調べるのも困難だったからでしょうか。2000年12月22日の記事をどうぞ。
個人サイトでの楽曲利用,MIDIユーザーの猛反対も文化庁が認可 [itmedia.co.jp]
JASRACが個人サイト対象の料金制度として「10曲まで年額1万円,または月額1000円」で文化庁に申請。文化庁が意見を募集したところ大多数が反対意見。文化庁は「10曲単位での課金は適切ではない
Re: (スコア:-1, フレームのもと)
> いずれにせよ無料だと考えられていたところに「10曲まで毎年1万円か毎月千円」なんて案を出されたのですから、当時よくあったサイトのトップページにBGMとしてMIDIを1曲置いておくような使い方をしていた個人からすれば、それはもう「金を巻き上げられる」そのものだったのです。
目こぼしを願うくらいならともかく、他人の楽曲を無断で使用しておいて逆ギレとは非常識にもほどがある。
これでは鮮人以下だな。
Re: (スコア:2, すばらしい洞察)
> 目こぼしを願うくらいならともかく、他人の楽曲を無断で使用しておいて逆ギレとは非常識にもほどがある。
だからいまの感覚で判断しなさんな。当時はそうは思われていなかった。ことMIDIについては、niftyからの慣習があって、目こぼしどころかともすれば合法と思っている人々も少なくなかった。そういった背景がまるで存在しなかったかのように言うなら、それこそ非常識ってもんだ。
> これでは鮮人以下だな。
そんなのを持ち出すまでもなく、時代背景を考えず現在の価値観で判断するなら何とでも言えるね。30年前にはガンガルなんて商売をおおっぴらにやってたし、さらにその前なら手塚や石森らといった有名作家が海外SFなんかを平気でパクっていたりもした。でもそれはそういう時代だっただけなんだよ。
Re: (スコア:0)
> だからいまの感覚で判断しなさんな。
ちがうね。
「今」あんたが逆ギレしていることを非難してるんだよ。
当時の無知蒙昧を反省してJASRACの当時の言い分のほうが正しかったと認めろよ。
Re: (スコア:1)
> 当時の無知蒙昧を反省してJASRACの当時の言い分のほうが正しかったと認めろよ。
「非商用個人利用のMIDIなら無償」の「無知蒙昧」とやらが広まった原因には、当のJASRACによる「パソコン通信における音楽著作権に関する実験」があるんだけど、一体どの時点のJASRACが正しかったと認めればいいのかな。「JASRACに騙まし討ちされた」とまで言われるのは、態度を変える前のJASRACを信じていた人たちもいたからに他ならないんだが、そんな連中は「無知蒙昧」で「反省」しなくちゃならないのかい?
「パソコン通信では」「NIFTYでは」という場の限定や「実験
Re: (スコア:-1)
> 「パソコン通信では」「NIFTYでは」という場の限定や「実験」という名目がインターネットの普及以降忘れられたり、「非商用だから」「個人利用だから」「MIDIだから」という解釈が一人歩きもした。最後の「MIDIだから」というのは、楽譜そのままに作っても貧相な作品にしかならず高い創作性の成果だからとか、あるいはMP3と比較対照してのことらしい。本当にそういう主張がなされていた。別に当時の人々が「無知蒙昧」だったわけじゃない。彼らは彼らなりに一所懸命考えていた。
自分の都合のいい方いい方へと考えて誤った結論にたどり着いただけでしょう。
当時の過ちを責めないとしても、今になってJASRACへの攻撃のネタにすることを非難しているわけですが、あなたもメクラのくちですか?
Re: (スコア:0)
「当時の過ち」ではなく、結果的にJASRACにも文化庁にも認められませんでしたが、「異論」が存在していました。違いがわかりますか?
いまではカラオケでJASRACにお金を取られるのをほとんどの人が当たり前のように思っていることでしょう。しかしこの取り組みが始められた頃には、「正当」であり「当然」と素直に受け取られたわけではなく、それはもう大きな反発がありました。いまから振り返ってその当時の人は誤っていたのでしょうか。違いますね。
「JASRACはMIDIについて何もしていない」というデタラメについて事実ではないということが説明されているのにも関わらず、「JASRACへの攻撃」としか思えないのはなんなのでしょうか。事実に興味がないなら、JASRACのリリースだけを読んで満足していればいいですね。
Re: (スコア:0)
> いまではカラオケでJASRACにお金を取られるのをほとんどの人が当たり前のように思っていることでしょう。しかしこの取り組みが始められた頃には、「正当」であり「当然」と素直に受け取られたわけではなく、それはもう大きな反発がありました。いまから振り返ってその当時の人は誤っていたのでしょうか。違いますね。
誤りですね。地動説だって奴隷制だって当時でも誤り以外の何ものでもありません。
誤りかどうかと、誤るにいたったそれなりの理由があったかどうかの区別がついていませんよ、あなた。
だいたい、この一連のコメントで問題にしているのは
> 当時よくあったサイトのトップページにBGMとしてMIDIを1曲置いておくような使い方をしていた個人からすれば、それはもう「金を巻き上げられる」そのものだったのです。
「今」になってさえ「金を巻き上げられる」などという表現でJASRACに非があるかのように書いていることですよ。こちらについてはだんまりですか。
Re: (スコア:0)
>誤りですね。地動説だって奴隷制だって当時でも誤り以外の何ものでもありません。
およそ権利の主張という場面において、まったく逆の性質を持つ奴隷制を持ち出すのは筋が悪いですね。
むしろいまの著作権の行使のされ方こそを奴隷制にたとえ現状の制度が誤っていると主張される方が、まだ納得できる部分があります。
まして地動説など、自然科学の分野まで引っ張り出すのはそれ自体が誤り。MIDIに関してJASRACが何をしたのか、観測の積み重ねによって否定されたとでもいうのですか?
> 誤りかどうかと、誤るにいたったそれなりの理由があったかどうかの区別がついてい
Re: (スコア:0)
歴史学をやっているわけではないのですがね。
> およそ権利の主張という場面において、まったく逆の性質を持つ奴隷制を持ち出すのは筋が悪いですね。
あなたが奴隷制の比喩が筋が悪いと言う根拠は、ほかならぬ今の人権思想ですね。ですからJASRACの過去も非歴史学的に今の価値観から判断されるべきです。
> むしろいまの著作権の行使のされ方こそを奴隷制にたとえ現状の制度が誤っていると主張される方が、まだ納得できる部分があります。
わたしは著作権かくあるべしなどという主張は一度もしたことがありませんが。盲目をすぎて存在しないものまで見えるようになりましたか。
Re: (スコア:0)
不適切な比喩であり、比喩のみに立脚した本論であれば同様に不適切だと指摘したら、詭弁だと言われました。それ自体が詭弁だと言い返すと水掛け論にしかなりませんが、議論の発散が目的でしょうか。
> こんなものは目こぼしするかしないかの違いでしかありません。
ですから、そのように軽々しく言えるのは後知恵でしかないからです。当時、警鐘を鳴らす意図で「目こぼしでしかないんだよ」という意味の主張も実際になされていましたが、皆それで納得できていたと思いますか?
> 使用料徴収がJASRACの業務である以上、銭ゲバと非難するのは不当です。下手に
Re: (スコア:0)
> 「使用料」と称すれば何でもかんでも「徴収」してもよい権利がJASRACに与えられているわけではありません。
もちろんやりすぎることも可能性としてはあります。しかしMIDIの件はそうではない。無断使用が蔓延しているという好ましからざる状態を改善するわけだし、使用料も高すぎて払えないといった額ではありません。安いとも思わないけど。
> 当のJASRAC自身が「おそらく世界初」「抵抗が予想され,周知期間が必要」ともコメントしていることをどう考えますか。
周知期間が必要とコメントしたJASRACはむしろ親切だと思いますね。「世界初」の先進性もほめられると
Re: (スコア:0)
> もちろんやりすぎることも可能性としてはあります。しかしMIDIの件はそうではない。無断使用が蔓延しているという好ましからざる状態を改善するわけだし、使用料も高すぎて払えないといった額ではありません。安いとも思わないけど。
その好ましからざる状態を作った一因が当のJASRAC自体が行ったネットワーク実験なのだということをまた都合よく忘れていますね。自分でやっておいて結果が気に入らなかったのか何なのか態度を翻したのですから、「何がしたかったんだ」と反感を招くのは当然の帰結でしょう。
> 周知期間が必要とコメントしたJASRACはむしろ親切だと
Re: (スコア:0)
どうして「問題は今の元コメのコメントにある」という、繰り返し繰り返し書いている主張を頑なに無視しつづけ、当時の話へと逸らすのでしょうか。
> その好ましからざる状態を作った一因が当のJASRAC自体が行ったネットワーク実験なのだということをまた都合よく忘れていますね。自分でやっておいて結果が気に入らなかったのか何なのか態度を翻したのですから、「何がしたかったんだ」と反感を招くのは当然の帰結でしょう。
関係ありませんね。「限られた範囲での実験」であったことは百も承知のはずです。無制限にタダで使っていいと勝手に思い込んだだけではないですか?
Re: (スコア:0)
完全に見落としていました。失敬。
> 私が否定しているのは、当時は不当に思った人もいるが今では正当だとコンセンサスの取れている事柄をもってして、「今」非難の根拠としていることです。
話がまったくかみ合わない理由はこれですね。それを早く書いて欲しかったと言わざるをえません。
「今では正当だ」と「コンセンサスの取れている事柄」という認識がまず共通のものではありません。違う立場からは「当時はもちろん今でも不当である」「不当であるにも関わらずゴリ押しで広められた」とも考えられていますし、両極端の中間のスタンスをとっている人
Re: (スコア:0)
長々と書いていただいて悪いのですが、典型的な「である」論と「べき」論の区別がついていないケースと言わざるを得ません。
批判と非難の区別もついていませんよ。非難されるのは権利の侵害であって行使ではない。
今回の例でいうと、JASRACは何も悪くない(「である」)のです。悪くないけど、もっと八方おさまるうまいやり方があったんじゃないか(「べき」)というだけ。
Re: (スコア:0)
解釈論と立法論と言い換えてもいいのですが、
http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/20061110/ [rakuten.co.jp]
あたりが参考になります
Re: (スコア:0)
> 解釈論と立法論と言い換えてもいいのですが、
> http://plaza.rakuten.co.jp/igolawfuwari/diary/20061110/ [rakuten.co.jp]
> あたりが参考になります
申し訳ありませんが、なんの参考にもなりませんでした。お示しになられた文書でも「『である』論」なる珍奇な言葉はどこにもありませんでした。
「言い換えてもいい」ともおっしゃっておられますが、「『JASRACは何も悪くない』は法解釈論、『悪くないけど、もっと八方おさまるうまいやり方があったんじゃないか』は立法論」としても、まるで意味が通じませんし、典型的な区別がついていないケースと称される所
Re: (スコア:0)
http://blogs.itmedia.co.jp/kurikiyo/2006/12/as_isto_be_7160.html [itmedia.co.jp]
こちらのほうにもリンクしておけばよかったですね。ちゃんとAs IsとTo Beという言葉が出てきます。「べき」論とう言葉はこちらにも出てきます。
これを読んでも「である」論なんて聞いたこともない、「べき」論の対になるものだと理解できないということであれば、かなり残念なことになります。
> 一番気になったのは、ご提示の文中に「ことに民事法ならば権利濫用や信義則と言った大技も使用可能」で全てではないが「解決できる」と書かれていることです。
法治国家のルールとして、原則的に違法でなければすなわち悪く
「である」論 (スコア:0)
あなたが珍妙な「である」論を新たに提唱し、構築するのにこれ以上つきあいたくありません。出所があるなら示してください。あなたの脳内にしかないなら悪あがきはやめてください。難癖でしかないのはもう承知しています。本論と分けます。
> こちらのほうにもリンクしておけばよかったですね。ちゃんとAs IsとTo Beという言葉が出てきます。「べき」論とう言葉はこちらにも出てきます。
尋ねてもいない“As Is”が「ちゃんと」とか、辞書にあるから要らないと言っている「『べき』論」が「出てくる」とか、ごまかしはたくさんです。端的に「『である』論を出せ」と言ったはずです。“As Is”はここslashdotではライセンス絡みで「あるがまま」「現状のまま」などとしておなじみですが、「である」と訳した人は初めてです。あなた以外に誰かそう訳しているのですか?
> これを読んでも「である」論なんて聞いたこともない、「べき」論の対になるものだと理解できないということであれば、かなり残念なことになります。
「『である』論」などとはどこにも書かれていない文書をいくら読んでも、「『である』論なんて聞いたこともない」ままのは当たり前です。逆に、ありもしない「である」論が読み取れてしまえることの方が恐ろしいです。大丈夫ですか?
ええ、とても残念なことです。「である」論なんてあなた以外には、わざわざこちらが見つけてきた「自然法則は『である』、社会法則が『べき』」のブログ [voiceblog.jp]の例しか見当たりません。なるほど対で使われていますが、自然法則なんですか? 「JASRACが何も悪くない」というのが自然法則ではないことはもう指摘しました。法解釈論が自然法則ではなく、自然法則もまた法解釈論ではないことも、いまさら言うまでもありません。対にさえなっていて他方が「べき」論であれば、なんにでもあてはめてもよいのだと思ってらっしゃる? まさかね。